江戸時代からあった?!UFO、宇宙人目撃情報

UFO
スポンサーリンク

UFO目撃は江戸時代からあった?!

UFO(Unidentified Flying Object)=『未確認飛行物体』ですが、日本の目撃情報は江戸時代からあったようで、

「南総里見八犬伝」等で知られる滝沢馬琴が1825年にまとめたとされる『兎園小説』の中に「虚舟(うつろぶね)の蛮女」という図板つきで掲載されてるのが、日本で最初にUFOが登場した文献とされています。

「兎園小説」とは、江戸時代の文人や好事家が集まって珍しい話や階段を語った集まりがあり、その集まりが「兎園会」または「耽奇会」と呼ばれていて、そこで話された内容をまとめたものです。

文献として登場したのが初めてであって、目撃自体は1803年(兔園小説談)よりもっと以前からあっても不思議ではない、というのが定説となっています。

「虚舟」

虚舟 虚舟

UFOだけでなく宇宙人も目撃されている?!

虚舟が目撃されたのは享和3(1803)年の常陸国(茨城県あたり)の「はらやどり浜」。

このはらやどり浜沖合に不可思議な小舟が現れ、その形状が

お香の入れ物のような円形で、直径は三間(5,4m)、上部は硝子障子(ガラス張り)で、継ぎ目はチャン(松脂)で塗り固められ、底も丸く、鉄板を筋のように張り合わせてあり』、

この舟のようなものの中には『蛮字』が見て取れたとされています。

そして

眉と髪が赤く、顔色は桃色、白く長い付け髪

という日本人とは思えぬ姿の女性が一人その奇妙な小舟に乗っていたと記されているのです。

言葉も日本語と異なるもので、二尺(約60cm)四方の箱を大事に抱えて、微笑んでいたといいます。

虚舟

これには諸説あり、当時鎖国制度の敷かれていた江戸幕府下で、諸外国事情は一般的には知り得ない状況でした。

後日これは

  • 当時のロシア人の風貌に似ている?
  • イギリス人の船に書かれた蛮字に似ている?
  • そもそも架空の話では?

との推察がされていましたが、決定的な証拠もなくまた図板を見る限り当時の諸外国でもない奇抜なデザインに形状の形をしていることから、UFO説が根強く残っています。

近年の研究だと…

この当時はロシア人が長崎に来て開国をせまり、イギリス人が浦賀に無断上陸して捕られたという時代です。

後に黒船が来航したり、諸外国が日本に目をつけていたのは確かです。

また、前述の「はらやどり浜」という場所が茨城県に実際にあったのか定かではなく、虚舟の話は内容こそ違えど他にもあることから架空の話ではないかと日本を代表する民俗学者の柳田国男教授は語っています。

しかし…!

その後新たに見つかった資料によると、謎の地名「はらやどり浜」は、「常陸原舎(ひたちはらしゃり)濱(はま)」という実在の地名が判明します。

伊能忠敬の作った地図にもある地名で、現在でいえば、茨城県神栖市波崎の舎利浜しゃりはまとなっている場所です。

大きな地図で見る地図

スポンサーリンク

また、蛮女の絵の新資料も発見されました。

茨城県に伝わる「金色姫」という、養蚕伝説の女神と似ていることがわかりました。

この金色姫、

元は天竺(インド)の姫君で、継母に苛められ、それを憐れんだ父が繭型の舟で海に流して日本へ来た

という伝承が残っていたのです。

また滝沢馬琴が「兎園小説」の出版後、「金色姫」の錦絵を作成したことが判明します。

これで滝沢馬琴の兔園小説の中に出てくる虚舟は天竺から来たインドの姫君だった、と結論づけされ…

…そうになりましたが、滝沢馬琴以外にも虚舟の関する書物は出版され、当時江戸でも話題になっており、

  • 「蛮字」がインド語源のサンスクリット語だったのか?
  • 当時鉄製のガラス張りの窓がある舟を持つ国はあったのか?

などの謎は残っており『虚舟=UFO、蛮女=宇宙人』説も消えていません。

スポンサーリンク